
2026年1月25日
塩川以知子さん犯罪被害者等給付金
不支給取消裁判・控訴審判決についての
犯罪被害補償を求める会の意見表明
令和7年12月11日、福岡高等裁判所は、内縁の夫を殺害された妻に対して犯罪被害者等給付金(以下「犯給金」という)の支給を認めた第一審判決を取り消し、犯給金を支給しないとの判決を言い渡しました。
本件控訴審判決に対し、犯罪被害補償を求める会は、以下のとおり意見を表明します。
1 本件事案の概要本件は、被害者夫妻が、夫の実父から包丁で襲われ、夫は胸部を刺されて死亡し、妻も背中等を刺されるなどして重傷を負った事案について、遺族である妻が犯給金の支給を求めたものです。当事者は内縁関係にありましたが、本件においては争点とはなっていないため、以下では単に「夫妻」とします。
2 一審判決と控訴審判決の判断の相違犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(以下「犯給法」という)においては、親族間犯罪については原則として給付の対象外とされています(犯給法6条1号、同法施行規則2条1号)。もっとも、同施行規則2条柱書は、「親族関係が破綻していたと認められる事情がある場合又はこれと同視することが相当と認められる事情」があるときは、例外的に給付を認める旨を定めています。第一審判決は、犯給法の目的、犯罪被害者等基本法の制定経緯およびその後の犯給法改正の経過を踏まえ、事件当時、被害者と加害者である実父との親子関係はすでに破綻していたと認定し、犯給金の支給を認めました。これに対し、控訴審判決は、被害者と加害者との親子関係はなお破綻に至っていたとはいえないとして、一審判決を取り消し、犯給金の不支給を命じました。
3 争点となった法解釈について本件において判断が分かれたのは、上記除外事由である「親族関係が破綻していたと認められる事情がある場合又はこれと同視することが相当と認められる事情」の解釈および判断方法です。第一審判決は、犯給法の立法目的が、犯罪被害者および遺族等が被った精神的・経済的打撃を軽減する点にあることを重視し、その趣旨に即した解釈を行いました。これに対し、控訴審判決は、犯給法施行規則2条柱書において「婚姻を継続し難い重大な事由」という文言が用いられていることに着目し、民法における婚姻関係や縁組関係の破綻と同義に解釈した上で、「親子間の情愛という根源的な感情やそれに立脚する社会秩序」を重視する判断を行いました。しかしながら、法律概念は相対的なものであり、異なる法律において同一の文言が用いられていたとしても、それらが常に同義であるとは限らないことは法学上の定説です。立法目的および制度趣旨が全く異なる犯給法と民法とを同一の枠組みで解釈する合理性はありません。
4 犯給法における「破綻」概念の考え方民法においては、婚姻関係や縁組関係の破綻について、将来における関係修復や再構築の可能性を考慮する必要があるため、「破綻」の判断は慎重かつ厳格になされる理由があります。しかし、犯給法の適用場面においては、すでに被害者が犯罪によって死亡又は重傷病を負うという重大な結果が生じており、将来の関係性を考慮する余地はありません。したがって、犯給法における「破綻」の判断は、当該被害者を救済する必要性があるか否かを、犯罪被害者保護の観点から判断すれば足りるというべきです。
5 本件における親子関係の破綻控訴審判決が認定した事実関係を前提としても、被害者と加害者との親子関係は、事件当時すでに破綻していたと評価されるべきです。具体的には、① 本件殺人事件の約9か月前、加害者は被害者妻を自動車ではねて負傷させたにもかかわらず、その事実を否定し、治療費の支払いを拒否した上、「当たり屋」と誹謗して警察に逮捕を求めたこと、② 被害者所有地に加害者が建物を建てていたにもかかわらず、親子間で毎月2万円の地代を支払っており、さらに本件犯行の約半年前からは地代を5万5000円に大幅に引き上げ、本件犯行の前月には退去する合意に至っていたこと、などの事情が認められます。これらの事情からは、親子間の情愛を基礎とする関係性はもはや存在せず、経済的一体性や協力関係も否定され、交流を解消する意思が双方に明確であったというべきです。
6 当会の見解以上のとおり、本件においては、被害者と加害者との親子関係は事件当時すでに破綻していたと認めるのが相当であり、犯給金を不支給とすべき理由はありません。本件控訴審判決は、犯給法の理念および目的を軽視し、本来異なる趣旨を有する民法上の解釈を援用することによって、犯罪被害者保護を否定したものです。
当会は、本判決が前例として定着することに強い懸念を表明するとともに、犯給法の本来の趣旨に立ち返った判断がなされるべきであることを強く訴えます。