犯罪被害者に対する経済的補償についての基本的要望 理事長 藤本 護
被害者等基本法制定までの歴史的経過と現状
1985年の国連総会で決議された「犯罪及び権力乱用の被害者のための正義に関する基本原則宣言」には次のように定められています。
第12条 犯罪者またはその原因者から十分な補償が得られない場合には、国家は、次の様な被害者に対し、経済的な補償を行うように努力しなければならない。
A 重大な犯罪の結果、身体にかなりの障害を受け、または精神の健康に損傷を受けた被害者
B そうした犯罪のために死亡した者、または身体的精神的に不能になった者の家族、特に被扶養者。
第13条 被害者に対する補償のために全国的な基金を創設し、強化し、拡充するよう努力すべきである。
必要な場合には、同じ目的のために、被害者の国が補償できる状態にない場合にも補償するような、その他の基金を創設することがのぞましい。
第14条 被害者は、政府、ボランティアによる機関、コミュニティに基礎を置く機関、および地域固有の機関などから物質的、医療的、精神的、社会的に必要な援助を受けることが出来る。
<犯罪被害者等基本法の成立>
1960年代からの市瀬朝一氏らの「犯罪被害者に国の救済制度」をという血を吐くような叫びと、その後の犯罪被害の多発のなか、2000年に岡村勲弁護士等の呼びかけにより犯罪被害者の組織が結成され、この組織(あすの会 2018年解散)によりヨーロッパ諸国の実績調査が行われ広く紹介されました。
2003年1月から「あすの会」の呼びかけにより、①犯罪被害者のための刑事司法の実現 ②被害者の訴訟参加 ③犯罪被害者が刑事裁判の中で民事上の損害回復ができる制度(付帯私訴)の実現 を掲げて全国署名運動を開始しました。
全国の県庁所在地等で行われた署名行動により、2003年7月9日(以降2回に分けて)合計55万7215筆が当時の小泉内閣に提出されました。2004年12月「犯罪被害者等基本法」(以下「基本法」)として成立しました。
<待ち望んだ基本法の規定>
基本法は第1条で、犯罪被害者等のための施策を総合的かつ計画的に推進し、もって犯罪被害者等の権利利益の図ることを目的とする、としました。
第2条3項では、「この法律において、犯罪被害者等のための施策」とは、犯罪被害者等が、その受けた被害を回復し、または軽減し、再び平穏な生活を営むことができるよう支援し、および犯罪被害者等がその被害に係る掲示に関する手続きに適切に関与することができるようにするための施策をいう、と定めました。
<置き去りにされた過去の被害者>
署名提出から犯罪被害者等基本法制定までは1年4か月という速いスピードで進みましたが「基本法」成立後に設けられた「経済的支援に関する検討会議」等、3つの「検討会議」は2007年9月まで延々と論議が続けられ、さらに法施行まで11か月、合計3年6か月という長い時間を費やしました。
この過程で、過去の被害者も含めて「自賠責」並みの保障が得られるとの情報が流され、被害者の間では「年金制度か、一時金か」という淡い期待の声も交わされましたが小泉内閣の「構造改革」路線のもとでは、このような期待を持つことは、論外であったと考えられます。
2003年から苦しみのなか署名行動に参加した基本法制定以前の「過去の被害者」も「基本法」制定後の「新しい被害者」も、2008年7月1日(損害賠償命令制度は同年12月1日)からの犯罪被害者等給付金(以下「給付金」という)の増額において、遡及適用なしとして置き去りにされました。
<全国犯罪被害者の会(あすの会)の生活保障要求>
2011年6月4日から2014年1月30日までの2年半、18回にわたり内閣府において「犯罪被害給付制度の拡充および新たな補償制度の創設に関する検討会」が持たれ、「あすの会」からも犯罪被害者等基本計画の中で積み残された過去の被害者と、改正後の余りにも低額の犯罪被害者等給付金を改善する「犯罪被害者補償制度案」が提案されました。この検討の参考に韓国、フランス、イギリス、ドイツ、アメリカの被害者補償制度の調査のため学者を中心とする調査団が派遣され、報告書が提出されましたが、警察庁の「現行給付金は改善されている」、他の委員からの「他にも犯罪被害者と同じように困ったものは居る」「被害者も早く自立することが重要だ」「国は社会の代表である、犯罪被害者が権利を二項対立的に主張しても国民の納得を得られない」という意見の前につぶされてしまいました。
<現在の犯罪被害者への経済的救済の実態>
日本の社会では犯罪の犠牲となったものが一般労働者であっても、自営業者であっても、その多くは夫も妻も、共に懸命に働いて家計を支えているのです。
誰が被害者になっても、その(遺)家族が生活を維持するためには加害者の賠償と、国の「給付金」が事後の生活を支える上で、大きな比重を占めます。
犠牲者が子どもであった場合も、親には、精神的な打撃とともに、経済的な将来不安を与えることになります。
1、「損害賠償命令制度」で債権を得ても、加害者に資力のないものが多く、損害賠償が直ちに得られることは極めて少なく、また、相手の資力の有無・所在を調査するのは被害者(家族)の努力とされ、法的手続きのために多大な費用・時間・労力を要します。
ーーー(損害賠償命令裁判は、高額な印紙代が不要(2000円)で、刑事裁判の資料をもとに担当した裁判長と、被害者弁護人によって4回以内の公判で判決が得られるという簡便な制度ですが、名前のように自動的に賠償を命令・保障するものではなく、内容は従来の民事訴訟と同じです)----
2、また①損害賠償請求をしても相手に資力のない場合、②加害者が長期の刑に服した場合、③加害者が刑期を終えて出所し賠償を約束しても出所後、行方をくらました場合、賠償を逃れる加害者を発見するために苦労し、結局は徒労に終わることがあります。
この苦労と努力の結果、わずかの示談金(賠償金)が支払われた場合でも、その金額の範囲で国の「給付金」は減額されるのです。
3、「給付金」の申請をしても、警察の「査定」で「給付金」が不支給・減額になる場合が多く、支給される場合でも半年以上時間がかかり、急場に間に合わないものです。
上記の実態にみられるように、犯罪被害者と家族が再び平穏な生活に戻るためには、あとで述べる「犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律」第1条が空文ではなく実施されなければなりません。
「基本法」でうたわれた、被害者が再び平穏な生活を営むことができるように「自賠責」(政府事業)と同等の補償を犯罪被害者に制度化してください
「私たちの要望」
我が国の犯罪被害者の事件後の補償と生活実態は、国連決議に参加し、世界3位の経済力を持つ国の実力からかけ離れ、欧米先進諸国の実際から遅れた現状であり、改善は国民的急務であると考えます。
以下は、わが国の犯罪被害者が「基本法」に基づいて、憲法25条の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障されるために国に対し要望する制度です。
私たちが求める「自賠責」(政府事業)と同等の補償は、これによって被害者が十分に救われるものではありませんが、わが国では「社会的な合意をえた制度」として存在しており、これを運用して実現を求めるものです。
<犯罪被害者等給付金>
「給付金」改正は「法制度(施行)以前の被害者」に対する遡及適用がされなかったという重大な欠陥があるものの、一方で毎年発生する多くの殺人と傷害の被害者の救済に役割を果たすものと期待されました。
しかし、「自賠責並み」にするという支給額については、実際に自賠責の死亡3000万円、重度障害4000万円に届くのは年齢50歳代、扶養家族4人(妻、こども3人)程度の家族構成の場合であり、例えば20歳大学生死亡の場合は650万円と見舞金程度にすぎません。
これは「自賠責制度」(政府事業)では、将来の稼働期間を考慮した、生涯賃金方式を採用しているのに対し、給付金では実際に労働して賃金を受け取っている人に適用する「労災補償方式」を採用しているからです。
損害賠償命令制度や民事損害賠償(民事裁判)では生涯賃金方式で損害額が算出されるのですから、基本法第3条1項で定める「すべての犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」というのであれば、「給付金」も「自賠責(政府事業)」と同じ生涯賃金方式を採用すべきです。
<給付金不支給、減額の制度は立法の事実に反し不当であり撤廃すべき>
「給付金」の支給件数では、2008年に比べ9年、10年とわずかづつ伸びました。しかし「基本法」という新たな法が制定されたというほど画期的ではありませんでした。それどころか、10年後の2018年以降は申請件数が法改正以前より減少、発生した犯罪のわずか2%程度しか申請されていないのです。
その原因の第一は「犯罪被害」を認定する公安委員会(警察)が、被害を「通り魔殺人・傷害」事件の被害者を想定していることです。つまり、家族はもちろん、友人・知り合いなどが加害者になった場合は支給対象とならないことが多く、また喧嘩などで相手を挑発した場合も100%の金額を支給しないことが法の上で決められており、申請を受け付けないか、都道府県警察(地方公安委員会)による調査、厳しい「裁定」という制度があるのです。
これは次に引用する「犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律」昭和55年法律第36号の「第一条 この法律は犯罪行為により不慮の死をとげた者の遺族又は重傷病を負い若しくは障害が残った者の犯罪被害等を早期に軽減するとともに、これらの者が再び平穏な生活を営むことができるよう支援するため、犯罪被害等を受けた者に対し犯罪被害者等給付金を支給し、および当該犯罪行為の発生後速やかに、かつ、継続的に犯罪被害等を受けた者を援助するための措置を講じ、もって犯罪被害等を受けた者の権利利益の保護が図られる社会の実現に寄与することを目的とする」と定めていることと矛盾します。
なぜそのようなことになるのでしょうか、それは「昭和55年国家公安委員会規則第6号」によって、支給規則(不支給減額の規定)が定められているからです。
同規則第4条で給付金を受けるべきものに対する、不支給の根拠として
一、当該犯罪行為の教唆、幇助。
二、過度の暴行または脅迫、重大な侮辱等当該犯罪行為を誘発する行為
三、当該犯罪行為に関連する著しく不正な行為
また同規則第6条で、
一、暴行、脅迫、侮辱等当該犯罪行為を誘発する行為があった場合は3分の2不支給
二、当該犯罪被害を受ける原因となった不注意又は不適切な行為があった場合3分の1不支給。
等が挙げられています。
また、第10条では、第2条から第7条まで(家族関係)に定めるもののほか、犯罪被害者又はその遺族と加害者との関係その他の事情から判断して、犯罪被害者等給付金を支給し、または法第9条の額を支給することが社会通念上適切でないと認められるときは(家族関係の定めに準じ)犯罪被害者等給付金の全部または一部を支給しないものとする、と定めています。
問題は、これらの「行為・関係」の認定の根拠・基準が極めて曖昧なことです。
もとになった行為や関係が真に法に照らして数百万、千数百万円の罰金の徴収ともいえる不支給、または減額に値するか否かは、そのこと自体裁判による判断を求めなければならないほどのものと思います。にもかかわらず、(地方公安委員会)都道府県警察の一方的判断で「裁定」と称して決められるのです。これは著しく不公正と言わざるを得ません。現に事件現場では、死亡した被害者と加害者の二人だけで、加害者が自首して自供した言葉に従って、被害者にこれらの行為があったと認定し、減額支給されている場合が過去に複数ありました。このような場合、公正を担保できているとは考えられません。
しかもこの警察の判断によって、例えば計算例の最高額である3900万円(50歳代、家族4人、重度障害常時介護)の三分の一、三分の二の不支給等が最低されることになるのであり、結果次第では被害者の生存さえ危うくする事態も考えられ「基本法」の趣旨に反する制度と考えます。
犯罪被害者等基本法のもとで犯罪被害者の経済的支援のために制定された法律の基本条項を「公安委員会規則」で被害者の不利益なものに変更することは、犯罪被害者として納得できません。
『昭和55年国家公安委員会規則第6号』の支給規則(不支給減額の規定)は廃止すべきです。
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原因の第二は、「給付金」の支給が、申請しなければ受け取れない「申請主義」になっていることです。
犯罪被害の認定や支給の事務を担当しているのは、諸外国では、公務員か公的資格のある組織(憲法・法律に基づき、公正な立場で事務を取り扱う専門的担当者)であり、被害者支援の専門な組織がなく主に警察を通じて自己申告をし、前記の裁定を受けます。
実際の事務を取り扱うのは、警察庁給与厚生課という警察官の給料計算をする部署となっているのです。
事件に遭えば、被害者も警察の調べを受け、加害者からの攻撃、警察の聴取と気も動転する状況が続きます。捜査に集中している警察官の多くが、被害者等の申請サポートに積極的に取り組む環境にないと考えられます。また、受け付ける側も、申請者も「給付金」申請の知識に乏しい等々、多くの問題があります。
諸外国では実際に行われているように、犯罪被害支援の公的機関を設け、被害者に寄り添った支援と合わせて行われるようにすべきです。
<損害賠償の国による立替払いと、加害者への求償制度の創設>
これは被害者の多年にわたる、切実な願いであり、諸外国では様々な形態をとりながら実施されています。我が国でも「基本法」制定時の「経済的支援についての検討会議」では、当初の検討議題となっていたが、結局、現行の「給付金」制度に落ち着いた経緯があります。
国が被害者の得た債権(判決)を買い取り(肩代わり)して加害者に求償する制度を創設することは、「基本法」第1条にうたわれた、犯罪による被害に第一義的に責任を負うのは加害者という原則を国が追及することにもなり、被害者の権利、利益を保護する重要な役割を果たします。
1、加害者が賠償能力のある場合は、被害者が個人的に弁護士等に依頼して債権の回収をするよりも国の力による方が効果的に回収できると考えられます。損害賠償命令制度を利用した被害者の多くは自賠責以上の債権を持っていますから、国の専門機関が関与することによって、被害者に自賠責相当額以上、判決金額に近い賠償が得られれば、国の給付金を支出する必要はなくなり、被害者も国もともに利益を得て、国はその上に国民の信頼を得ることになります。
2、加害者からの回収資産がたとえ僅かであったとしても、回収した金額に応じて国の支出は減るのですから、国としてもその分の費用が節減できます。
3、2の制度と「犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関せうる法律」の制度が両立して機能することによって、回収できない場合でも、被害者は自賠責(政府事業)制度相当の補償を得ることができ、このような国民を保護する制度の存在は国の信頼を高めることになります。
<被害者補償の専門組織の設立を求めます>
前項で述べたように、債券回収の専門組織を設立すれば、国の力によって「基本法」で言われたように、被害者の権利、利益を守り、被害者個人より容易に債権回収ができるはずです。このような制度は、現行の警察組織を利用している方法に比べ、より犯罪被害者に寄り添って、国の被害者視線の姿勢を示すものです。
すでに先進諸外国が設立運用している公務員、あるいは公的資格を有する、日本の現状に適した被害者支援の専門組織を作るよう要請します。
このことは、2015年に行われた自由民主党の政務調査会提言にも明確にうたわれています。
<地方公共団体が「基本法」にもとづく被害者支援推進の責務を負って頂きたい>
「基本法」第5条において、地方公共団体の責務として、その「地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し、および実施する責務を有する」としています。犯罪被害者はそれぞれ地域に居住し、等しく住民であるにもかかわらず、条例もなく、死亡・傷害に伴う見舞金支給の制度のない市、町が「基本法」制定15年後の今日も多数存在することは、居住する地域によって差別的ともいえる扱いを受けていることになります。
進んだ考えを持った自治体は、被害者の苦しみに寄り添い、被害者のために「立て替え払い」や被害者の日常生活支援など様々な制度を考え実施しているのに、地方公共団体の三分の二以上が、国の制定した方を守らず、このことに対し国も実行を求めないのは異常と言うほかないと考えます。
「基本法」の実現は国や地方制度の在り方が問われるものであり、犯罪被害者に対する、居住地域間による格差のない救済を実現していいただくことは喫緊の課題として、国の関係先並びに地方公共団体に強く要望いたします。
2020.11.23