犯罪被害者に政府の自動車損害賠償保障事業と同等の補償を求める根拠
藤本 護
故意殺人による「犯罪被害者等給付金」が、過失である「自賠責政府保障事業」の慰謝料より低いことは不条理、という私たちの主張に対し、制度設計が異なるのだから比較するのは適当でない、(異なっても仕方がない)という意見が寄せられています。私たちも当初はそう思っていました。(これは諦め)でした。しかし、犯罪被害に遭って20年、「会」を創設して14年、この間に多くの同じような被害者との交流や、共に行動をするなかで、このあきらめここそが間違いであることに気付いたのです。自賠責保険というのは個人が保険をかけて、事故を起こしたとき保険(共助)で補償する制度です。加害者が補償しなくても保険から支払われる、負傷した場合は治療費が、死亡した場合は慰謝料が支払われます。
政府の「自賠責保障事業」は国の会計から負担しています
「ひき逃げ」、「無保険車」による被害の場合でもほぼ自賠責と同じ補償がされます。
ひき逃げ犯人の車が全て特定されて賠償し、無保険車の場合も加害者が全て負担するのではありません。そのために「自賠責政府保障事業」があり、制度上は政府が被害者の損害を填補することを定めています。最終的に責任を持つのは政府で、一般会計からの負担です。(2004年度で被害者約4千7百人に対し政府てん補55億円)
犯罪の被害にあった者も、自動車事故で被害にあった者も、等しく社会の富をつくることに貢献していますし、将来も貢献する意欲を有しているのです
例えばなしで恐縮ですが、私たちの住んでいる兵庫県には素晴らしい景観を持った明石大橋があります。
この橋は今では世界第二位になりましたが、日本が世界に誇る3,991mの吊り橋です。
この橋の建造に関わった人たちは、例えばリベットの一本を打った人でも、コンクリート一枠を塗った人でも、「俺はあの橋の建造に関わった」と今も誇らしい気持ちを持っておられると思いますし、子や孫にも伝えられていると思います。橋の建造に関わった技術者・労働者は、労働した報酬とともにこの社会の富をつくりだした誇りを得たのです。たまたまこれが有形の公共建造物であったので、この感情を抱くことができるのですが、これは何も建造物に限らないでしょう。人は働き、物を作り、事務作業などでも雇われた会社に貢献することを通じて社会に貢献し、自営業者も直接間接社会に貢献、富を作りだしているのです。
国の将来の希望というべき若者の場合もそうです。私が働きだしたのは1943年、それからすぐ太平洋戦争にともなうアメリカの空襲で日本中が焼け野ガ原になりました。でも70余年後の今日この日本のどこにも戦争の痕跡を見出すことが難しいほど、全く新しく生まれ代わっています。人々の、ある意味では無意識的な働きの中で、社会は多くの富を蓄積し、国の富となり世界第何位かの経済大国となったのです。人々がその与えられた所で働いたからこそ今日の社会があり、この社会で育った人々はまた社会の一員として職について働き、家を建て、家族を作り、そしてまた社会に貢献するのです。その途上でたまたま不幸にして自動車にはねられるか、凶器で襲われることになったのです。自動車という高価で危険な機械を使用するのだから予め保険をかけて、高価な機械とそして自らと、自らの被害者になるであろう他者への補償の用意をしているのが自賠責保険です。ナイフで襲われることは予見することができませんから犯罪被害保険はありませんが、日々の労働を通じて社会に貢献してきていたものとして、将来社会に貢献するであろう家族・子どもを育てている者として社会(国)による補償を求めるのは当然の権利だと思います。
国による補償が十分でなければ、貧困が生まれ、子や孫に貧困の連鎖が発生します
高学歴社会のなか、犯罪被害で親を失った子どもたちの多くは学業に支障をきたします。
また、暴行を受け身体の自由を失って、家業を続けるのが困難な中、子どもの養育と老後のため蓄えた金をかき集めてローンの支払いに充てる自営業者。暴行による障害で会社経営者の地位を失い家庭が崩壊し、生活保護をうけながら闘病を余儀なくされ「体がもとへもどれば働きたい」と訴える元事業主の男性。「給付金は不支給」と言われ、障害とPTSDのために元の職に就けない苦しみを持つ、夫を殺された女性。80才過ぎて厳しい労働に従事せざるを得ない女性。娘を殺され一人暮らしの淋しい晩年を送る女性。などもいます。
西梅田クリニック事件で命を落とした人たちのなかには、1990代年以後の「規制改革」「働き方改革」の名による「派遣・非正規」で働いていた人たち、かつてこの「改革」を進めて人たちが攻撃してやまなかった終身雇用制度の下であれば、正社員として「会社指定の病院」で有給で病気休暇や通院治療ができた人もあったでしょう。
働き盛りの主柱を失った人たちの今後の保障はどうなるのでしょうか。
この人達のご遺族に貧困とその連鎖が生じないように国の補償を手厚くして貰いたいものです。
私たちは、犯罪被害者も自動車による被害者も同等に扱ってほしいといっているのです。
以下に国連宣言を紹介します。ヨーロッパの各国はこれに従った施策を行う努力をしています。
国連宣言は犯罪被害者の権利(基本的人権)を認め、
補償のための基本原則を定めています
犯罪およびパワー濫用の被害者のための司法の基本原則宣言G.A.決議40/34(1985)
A.犯罪被害者
1. 犯罪被害者とは、個人であれ集団であれ、加盟国で施行されている、犯罪的パワー濫用を禁止する法律を含むところの刑事法に違反する作為または不作為により、身体的または精神的傷害、感情的苦痛、経済的損失、または基本的人権に対する重大な侵害などの被害を受けた者をいう。
2. この宣言においては、加害者が特定されているか、逮捕されているか、告訴されているか、あるいは有罪判決を受けているかに関係なく、また加害者と被害者の間の親族関係の有無に関係なく、被害者と見なすことができる。
被害者という用語には、妥当であれば、直接の被害者の直近の家族または被扶養者、および苦しんでいる被害者を助けたり、被害を防止したりして介入した際に被害を受けた者も含まれる。
3. この宣言に記載されている条項は、人種、肌の色、性別、年齢、言語、宗教、国籍、政治的またはその他の信条、文化的信念または慣習、財産、出生または身分、民族または社会的素性、障害などにより、いかなる種類の差別も行なれず、すべての者に適用されるものとする。
司法へのアクセス及び公正な扱い
4. 被害者は、同情と彼らの尊厳に対する尊敬の念をもって扱われなければならない。被害者は、受けた被害について、国内法の規定に従って、裁判制度にアクセスし速やかな回復を受ける権利がある。
5. 被害者に対し、必要な場合には、費用がかかからず、かつ迅速で公平に利用できる、公式または非公式の手続きによって被害回復が受けられるように、裁判制度や行政制度を制定し、強化しなければならない。 被害者には、そうした制度を通じて被害回復を請求できる権利があることを知らせなければならない。
6. 被害者のニーズに対する司法および行政の対応は、次のような方法によって促進されなければならない。
a 訴訟手続きにおける被害者の役割とその範囲、タイミングと進行状況、および訴訟の処分決定について、知らせる。重大犯罪が関係していて、被害者がそうした情報を求めている場合は、特にそうである。
b 被害者の個人的利益が影響を受ける場合には、被告人に不利益を与えることなく、また該当する国内の刑事司法制度に従って、彼らの意見や関心事を訴訟手続きの適切な段階で表明させたり考慮したりする。
c. 法的処理全体を通じて被害者に適切な援助を与える。
d 必要に応じて被害者の不便を最低限にとどめ、かつそのプライバシーを保護する措置を講じ、また嫌がらせや報復を受けないように、被害者に代わって、被害者だけでなく、その家族や証人の安全も保障する。
e 訴訟の処分決定や、被害者に裁定額を認めた命令や判決の行使については、不要な遅れを避けなければならない。
7. 和解や被害者の立ち直りに適している場合には、調停、仲裁、習慣法、または事実たる慣習慣行など、非公式な紛争解決方法を採用すべきである。
被害弁償
8. 自己の行為に責任のある犯罪者またはその関係者は、妥当な場合には、被害者、その家族または被扶養者に、公正な被害弁償を行わなければならない。この被害弁償に含まれるのは、財産の返還、発生した被害または損害に対する支払い、被害の結果発生した費用の弁済、サービスの提供、権利の回復である。
9. 加盟国政府は、刑事裁判における量刑選択の際に、従来の刑事制裁以外にも、新たに適用できるような被害弁償を考慮して、慣行、規則、法律の見直しを行なうべきである。
10. 環境にかなりの被害が発生し、被害弁償を命ぜられた場合に、その被害弁償に含められるべきものとして、環境の原状回復、インフラストラクチーの再建、公共施設の建て替え、さらに、その被害のためにコミュニティの移転が必要になった場合には、その移転費用の弁済などである。
11. 公務または準公務を行う公務員またはその代理人が国内の刑法に違反した場合には、被害者は、発生した被害に責任のある公務員またはその代理人が所属する国から弁償を受けることができる。侵害的作為または不作為が発生した時に政権の座にあった政府がすでに存在しない場合には、その国家または政府の権利を継承した者が、被害者に弁償をしなければならない。
被害補償(Compensation)
12. 次の被害者が、犯罪者またはそれ以外から十分な弁償を得られない場合には、国家は、経済的補償を行なうよう努力しなければならない。
a 重大な犯罪の結果、身体にかなりの被害を受け、または身体や精神の健康に損傷を受けた被害者
b そうした被害のために死亡した者または身体的および精神的不能になった者の家族、特に被扶養者
13. 被害者補償基金の創設、強化および拡充の努力をする必要がある。自国民が被害者になった国家がその被害を補償する立場にない場合などでは、適切であれば、補償目的のために、これ以外の基金を創設する方法も考えられる。
被害者援助
14. 被害者は、政府・ボランティア・コミュニティに基礎をおく機関、および地域固有の機関などから、物質的、医療的、精神的、社会的に必要な援助を受けることができる。
15. 被害者には、医療サービスや社会福祉サービス、その他の関連援助について知らせ、すぐに利用できるようにしておかなければならない。
16. 警察、司法、健康、社会サービス、その他の関係担当者は、被害者のニーズに適切に対応し、適切な援助を迅速に行なうためのガイドラインについて、トレーニングを受けなければならない。
17. 被害者にサービスや援助を提供する場合には、受けた被害の内容や第3条に定める特別 なニーズに、特に配慮しなければならない。
Bパワー濫用の被害者 (略)
<この項(国連宣言)・警察庁犯罪白書より>